2014年09月15日
イスラム国 国家同様の統治
【カイロ秋山信一】イラクとシリアで勢力を拡大するイスラム教過激派組織「イスラム国」が、イラクの旧フセイン政権の残党を取り込み、単なる過激派集団の枠を超え国家同様の統治を行っていることが14日、複数の対立組織のメンバーや研究者の証言で分かった。イスラム国のバグダディ指導者をトップに集団指導体制を敷き、評議会や支配地区を区分けして知事も任命し、イラク・シリアで次々と支配地域を拡大している。
複数の対立組織のメンバーや研究者によると、バグダディ指導者は2003年のイラク戦争前後までイスラム礼拝所(モスク)の説教師だったとされ、イスラム国の前身組織に加わる前は政治や軍事の経験はなかった。その経験不足をフセイン政権時代の政府軍の元将校らが補っているという。
イスラム国の最高指導部はバグダディ指導者と2人の元将校で構成され、イラクとシリアに分けて戦闘や支配地域の統治などを総括。最高指導部の下には10人前後からなる評議会を設置し、集団指導体制を敷く。
評議会メンバーは戦闘や戦闘員の勧誘、広報など部門別の責任者を兼ね「内閣」のような役割を持つ。全てイラク人で、元将校のほか政治・行政の経験を持つフセイン政権与党バース党の元党員もいる。さらに支配地域を区分けして十数人の「知事」を置く。
フセイン政権の残党がイスラム国と結びついたのは、イラク戦争後に政府軍が解体され、バース党幹部が公職から追放されたためだ。フセイン元大統領は自身と同じイスラム教スンニ派を重用していたが、新政権への移行は人口の約6割を占めるシーア派が主導。不満を募らせた元政権幹部が、スンニ派のイスラム国に流れる土壌ができた。
その一人が、バグダディ指導者の「右腕」だった元将校のハッジ・バクル氏だ。バグダディ指導者は10年に前指導者が米軍に殺害された後、イスラム国の前身組織を率いた。この時、バグダディ氏を推挙したのが、軍事・情報部門を率いていたバクル氏で、組織内のライバルを暗殺し、バグダディ指導者が権力基盤を固めるのに貢献した。
「ナンバー2」の地位を獲得すると、12年に本格化したシリア内戦への介入や、新国家建設計画を主導した。対立組織にスパイを送り、戦闘員の取り込みを図るなど組織拡大のキーパーソンだった。バクル氏は今年1月の戦闘で死亡し、現在は側近で同じ元将校のアブ・アリ・アンバリ氏が後を継いでいる。さらにシリアとイラクの管轄を分担するため、別の元将校が指導部に加わった。
イスラム国は一連の侵攻で、油田や交通の要衝、ダムなど重要インフラを集中的に狙うなど戦略性の高さが際立っている。政治経験を持つ人物がいるためインフラの重要性を熟知しており、米国などとの戦闘経験が豊富な元将校が指揮しているため、「洗練されたこれまで見たことがない組織」(ヘーゲル米国防長官)となっている。
過激派に詳しいイラク人の安全保障専門家のヒシャム・ハシミ氏は「フセイン政権は政教分離の世俗主義で、宗教色が薄かった。だがシーア派中心の政府に排除され、スンニ派の元幹部らがイスラム原理主義に染まった」と指摘する。
【ことば】イスラム国
イラクとシリアにまたがる地域で勢力を拡大するイスラム教スンニ派の過激派組織。国際テロ組織アルカイダ系組織などから派生し、2013年にシリア内戦に本格参戦した「イラク・レバント・イスラム国」(ISIL)が14年6月に「イスラム国」に改称、イスラム教教義に厳格に従った国家樹立を宣言した。アルカイダは2月に関係を断絶する声明を発表している。
複数の対立組織のメンバーや研究者によると、バグダディ指導者は2003年のイラク戦争前後までイスラム礼拝所(モスク)の説教師だったとされ、イスラム国の前身組織に加わる前は政治や軍事の経験はなかった。その経験不足をフセイン政権時代の政府軍の元将校らが補っているという。
イスラム国の最高指導部はバグダディ指導者と2人の元将校で構成され、イラクとシリアに分けて戦闘や支配地域の統治などを総括。最高指導部の下には10人前後からなる評議会を設置し、集団指導体制を敷く。
評議会メンバーは戦闘や戦闘員の勧誘、広報など部門別の責任者を兼ね「内閣」のような役割を持つ。全てイラク人で、元将校のほか政治・行政の経験を持つフセイン政権与党バース党の元党員もいる。さらに支配地域を区分けして十数人の「知事」を置く。
フセイン政権の残党がイスラム国と結びついたのは、イラク戦争後に政府軍が解体され、バース党幹部が公職から追放されたためだ。フセイン元大統領は自身と同じイスラム教スンニ派を重用していたが、新政権への移行は人口の約6割を占めるシーア派が主導。不満を募らせた元政権幹部が、スンニ派のイスラム国に流れる土壌ができた。
その一人が、バグダディ指導者の「右腕」だった元将校のハッジ・バクル氏だ。バグダディ指導者は10年に前指導者が米軍に殺害された後、イスラム国の前身組織を率いた。この時、バグダディ氏を推挙したのが、軍事・情報部門を率いていたバクル氏で、組織内のライバルを暗殺し、バグダディ指導者が権力基盤を固めるのに貢献した。
「ナンバー2」の地位を獲得すると、12年に本格化したシリア内戦への介入や、新国家建設計画を主導した。対立組織にスパイを送り、戦闘員の取り込みを図るなど組織拡大のキーパーソンだった。バクル氏は今年1月の戦闘で死亡し、現在は側近で同じ元将校のアブ・アリ・アンバリ氏が後を継いでいる。さらにシリアとイラクの管轄を分担するため、別の元将校が指導部に加わった。
イスラム国は一連の侵攻で、油田や交通の要衝、ダムなど重要インフラを集中的に狙うなど戦略性の高さが際立っている。政治経験を持つ人物がいるためインフラの重要性を熟知しており、米国などとの戦闘経験が豊富な元将校が指揮しているため、「洗練されたこれまで見たことがない組織」(ヘーゲル米国防長官)となっている。
過激派に詳しいイラク人の安全保障専門家のヒシャム・ハシミ氏は「フセイン政権は政教分離の世俗主義で、宗教色が薄かった。だがシーア派中心の政府に排除され、スンニ派の元幹部らがイスラム原理主義に染まった」と指摘する。
【ことば】イスラム国
イラクとシリアにまたがる地域で勢力を拡大するイスラム教スンニ派の過激派組織。国際テロ組織アルカイダ系組織などから派生し、2013年にシリア内戦に本格参戦した「イラク・レバント・イスラム国」(ISIL)が14年6月に「イスラム国」に改称、イスラム教教義に厳格に従った国家樹立を宣言した。アルカイダは2月に関係を断絶する声明を発表している。
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2014年09月06日
白骨遺体 虐待でも母に恋しさ写真
昨年4月、横浜市の雑木林で山口あいりちゃん(当時6)の白骨遺体が見つかった事件で、死体遺棄と暴行の罪に問われた母親の山口行恵被告(32)に対し、横浜地裁は5日、懲役2年(求刑懲役3年)の実刑判決を言い渡した。
人なつこくて愛された。字の練習を頑張っていた。あいりちゃんは、楽しみにしていた小学校に通えぬまま、6歳で命を絶たれた。
「お茶やってけよー」
ばあば(曽祖母)の口ぶりをまねては、道行く人に話しかけた。「あーこは、人の輪に入るのがうまかった」。茨城県の実家で5歳まで育てた祖父(59)は思い出す。
元夫の暴力から逃れて一時、実家に戻った娘の行恵被告(32)は居着かず、出て行った。居所の定まらない娘では養育できないと思い、孫を預かった。生後10カ月。ハイハイもできなかった。祖父は右腕を枕代わりに毎日寝かしつけた。
4歳で保育園に入り、平仮名の練習を始めた。「じいじに」と書いた手紙を何通もくれた。苦手だった「あ」の字を覚えると、大好物のオムライスに「あいり」とケチャップで得意げに書いてみせた。
保育園で他の親子を見るうち、月に1度会う程度の母への恋しさを募らせた。「ママと一緒に暮らしたい」。2011年6月、行恵被告が連れ出した。「行恵がやっと育てる気になった。実の親と暮らすのに、引き留める理由はない」。祖父は寂しさを押し殺した。
人なつこくて愛された。字の練習を頑張っていた。あいりちゃんは、楽しみにしていた小学校に通えぬまま、6歳で命を絶たれた。
「お茶やってけよー」
ばあば(曽祖母)の口ぶりをまねては、道行く人に話しかけた。「あーこは、人の輪に入るのがうまかった」。茨城県の実家で5歳まで育てた祖父(59)は思い出す。
元夫の暴力から逃れて一時、実家に戻った娘の行恵被告(32)は居着かず、出て行った。居所の定まらない娘では養育できないと思い、孫を預かった。生後10カ月。ハイハイもできなかった。祖父は右腕を枕代わりに毎日寝かしつけた。
4歳で保育園に入り、平仮名の練習を始めた。「じいじに」と書いた手紙を何通もくれた。苦手だった「あ」の字を覚えると、大好物のオムライスに「あいり」とケチャップで得意げに書いてみせた。
保育園で他の親子を見るうち、月に1度会う程度の母への恋しさを募らせた。「ママと一緒に暮らしたい」。2011年6月、行恵被告が連れ出した。「行恵がやっと育てる気になった。実の親と暮らすのに、引き留める理由はない」。祖父は寂しさを押し殺した。
Posted by golenty at
10:57
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2014年09月01日
自民幹事長 小渕氏起用が焦点
安倍首相が9月3日に行う内閣改造・自民党役員人事では、首相が目玉人事として検討している小渕優子・元少子化相の幹事長起用が実現できるかどうかが焦点だ。
小渕氏は2012年12月の第2次安倍内閣の組閣の際に党三役入りを断ったとされ、小渕氏が所属する額賀派に大きな影響力を持つ青木幹雄元参院議員会長も小渕氏の要職起用には慎重ではとの見方もある。首相はこうしたことも踏まえ、丁寧に調整を進める考えだ。
「幹事長は重すぎる」
青木氏周辺は8月31日、小渕氏の幹事長起用が検討されていることに、心配を口にした。
青木氏は、小渕氏を将来の首相候補としてじっくり育て上げたい考えで、小渕氏に対し、党三役や重要閣僚は安易に受けず、党務の経験や人脈作りを地道に行うようアドバイスしているとされる。
実際、小渕氏は第2次安倍内閣の際、安倍首相から「私も当選3回で幹事長をやった」と党三役入りの要請を受けたが、30代という年齢では若すぎるなどとして断った経緯がある。
ただ、小渕氏も40歳となり、今回の人事については周辺に、「受けるかどうかは打診されてから考える」と語っている。
額賀派内には、「幹事長は自ら取りにいきたいポストであって、断る話ではない」(ベテラン議員)と期待する声もあるが、同派では現在も青木氏の影響力を無視できず、青木氏の意向がカギを握るとの見方が出ている。
小渕氏は2012年12月の第2次安倍内閣の組閣の際に党三役入りを断ったとされ、小渕氏が所属する額賀派に大きな影響力を持つ青木幹雄元参院議員会長も小渕氏の要職起用には慎重ではとの見方もある。首相はこうしたことも踏まえ、丁寧に調整を進める考えだ。
「幹事長は重すぎる」
青木氏周辺は8月31日、小渕氏の幹事長起用が検討されていることに、心配を口にした。
青木氏は、小渕氏を将来の首相候補としてじっくり育て上げたい考えで、小渕氏に対し、党三役や重要閣僚は安易に受けず、党務の経験や人脈作りを地道に行うようアドバイスしているとされる。
実際、小渕氏は第2次安倍内閣の際、安倍首相から「私も当選3回で幹事長をやった」と党三役入りの要請を受けたが、30代という年齢では若すぎるなどとして断った経緯がある。
ただ、小渕氏も40歳となり、今回の人事については周辺に、「受けるかどうかは打診されてから考える」と語っている。
額賀派内には、「幹事長は自ら取りにいきたいポストであって、断る話ではない」(ベテラン議員)と期待する声もあるが、同派では現在も青木氏の影響力を無視できず、青木氏の意向がカギを握るとの見方が出ている。